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2009年3月15日 (日)

大戸神社-御朱印

今日は昨日と違い朝から素晴らしい天気sun
Dsc00517こんな天気のいい日、洗車するには最高です。
と言っても洗車機に入れるんだけど良く落ちませんね~
泥がぴっちり付いたままでしたwobbly

まっ、クルマも洗車したことだし大戸神社へ。
先週、御朱印帖を購入したので、御朱印ってのをいただきに出かけましたcoldsweats01

大戸駅から坂を上り行くと、左手に本殿から見えてきます。

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はい、地元にある大戸神社で、氏子ですsweat01

大 戸 神 社 の 沿 革 お よ び 御 由 緒

 千葉県香取市大戸字宮本に御鎮座されており、御祭神は「天手力雄命」(あまのたぢからおのみこと)であります。

 社伝によると、12代景行天皇40年(111年)、日本武尊(やまとたけるのみこと)が東征(とうせい)の時、蝦夷(えざ)征討祈願のため現在の香取市大戸の地に勧請し、幾度かの遷宮(同地区内)の後、36代孝徳天皇自雉元年(650年)現在地に宮柱造営されたと伝えられております。

 江戸時代までは香取神宮の第一末社(明治時代摂社になる)でありましたが、応保2年(1162年)大禰宜職譲状に「末社大戸神主、並社領知行同譲与」とみえ、また、仁安2年(1167年)大禰宜真房の譲状にも「末社大戸宮社領壱所事、並件社家進止事」などの記録があるところから、香取神宮の付属社でありました。しかし、他の末社とは事情が全く違い、古い時代から神領も香取・大戸と区分され、近世も別々に神主、大禰宜(おおねぎ)その他神官がいて(神官26人と社僧8人の合計34人が当社に関係していました。「天明7年(1787年)の当社古文書より」)祭事は神官にならい、すべて大戸で執り行いました。

 また、社伝では源義家が奥羽征討の時、その六男、義隆(陸奥六郎)は父に従い当社に参詣し、刀一口を奉献しました。正応2年(1289年)および明徳4年(1393年)、両年に社殿造営の記録があり、後小松天皇の時、社領一萬貫を定められました。しかし、中世の武家紛争時代のため、兵乱にかかるところが多く、古文書など散失し、詳細については不明であります。

 天正18年(1590年)、豊臣が関東を征した時、その武将浅野長政・木村重詮(常陸介)は、大戸荘内六力村の神領において軍士の乱暴放火などを厳禁する制令を下しました。同年徳川氏入国の後、香取神宮朱印地1,000石の内から100石を分配され、宝永4年(1707年)徳川幕府将軍綱吉の手によって社殿を改造されました。これが現在の社殿であります。

 また、神仏混合時代においては、神宮寺が同所付近にあって当社を管理、別当神宮寺は新義真言宗に属し、もと迫野にあった惣寺院の末寺でありましたが、幕末から明治初年に廃寺となりました。

 当社は、明治6年(1873年)県社に列せられ、同29年(1896年)12月には官から幣僕料の供進指定神社となっています。毎年4月7日の例祭には、神社本庁より献幣使の御参向を仰ぎます。

 往時は香取郡中の総鎮守でありましたが、今日では、地元東大戸地区を始め、香西地区、新島地区、北佐原地区、牧野・高野橋替地区、旧大栄町地区、旧栗源町地区、茨城県旧東町地区の各々一部地区にわたる56地区(約4,000世帯)が氏子であります。そして、五穀豊穣・家内安全守護・交通安全守護・商業繁栄の祖神として広く信仰されております。

 かつては年間45回を数える祭事が行われ、その一つに利根川に御祓いする「御船木流し祭」がありました。大戸川地区(現在の大戸川団地前)にある「御休み所」と称する地は、この祭事の時、神輿(みこし)が御旅所(おたびしょ)としたところであるといわれております。

 御神宝としては「集古十種」(八五巻、松平定信編、社寺などにあった古文書・古器物・碑銘などを模写して編さんした図録。明治になってから刊行)にもある「籠目太刀(かごめのたち)」一口。千葉県重要文化財指定の嘉磨3年(1328年)在銘の古面「羅龍王面(らりょうおうめん)・納曽利面(なそりめん)」など4面。同じく同指定の重要美術品「和鏡」3面、古文書などがあります。

 社殿は本殿・中殿・拝殿からなり、その他境内には神楽殿・宝庫・社務所・神輿奉安殿・氏子会館 等々があります。大正5年(1916年)5月、御大礼記念として予算3,000円で社屋及び大草表を改修しました。さらに昭和35年(1960年)4月9日、付近の火災で本殿の屋根一部を類焼したため、屋根は総銅板葺とし、鳥居もコンクリート造となり、同翌年(36年)8月竣工致しました。

 そして、平成15年(2003年)10月、60年に一度の「神事祭」が氏子の皆様方及び崇敬者の方々多数の御協賛・御協力により盛大かつ厳粛に斎行されました。記念事業として本殿・拝殿の彩色塗装および一部補修、神輿修復、玉垣屋根の総銅板葺さらには大戸川の「御休み所」の記念碑新築、鳥居新築等々が全て完遂致しました。

 なお、境内には18社の末社があります。
主な末社は、道祖神三社・浅間神社二社・水神大神・高房神社・白幡神社・稲荷大神二社・大天神社・側高神社・神明神社・豊受皇大神宮・日大神社・癌瘡神社・足尾神社・日吉神社 等々です。

5_2 Dsc00530置いてあったパンフレットから書き写しました(笑)

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6 7 写真は腐るほど撮りましたが、こんなとこにしておいて、宮司さんのところへ御朱印をいただきに伺いましたが、留守sad

仕方ないので家に帰ることに。すると対向で宮司さんがすれ違いましたので再度、神社へcoldsweats01

で、御朱印をいだきました。そして、代金は300円ですかと尋ねたら、「商売じゃないから、賽銭箱にどうぞ」と。

ほんとは、なんと言って御朱印代を払えばいいのだろ?

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